7章はモラル・ハザードが存在する場合の効率的な
インセンティブ契約の性質と形態に関して、一般原理を導き出す。
ものすごく細かい話になってきていて、ざっと流し読みしただけでは
全然理解できなくなってきた。
丁寧に読めば、なるほど納得なことを言っているのだけど、
もの凄く時間がかかってもどかしい。
- 作者: ポール・ミルグロム,ジョン・ロバーツ,奥野正寛,伊藤秀史,今井晴雄,西村理,八木甫
- 出版社/メーカー: NTT出版
- 発売日: 1997/11
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モラル・ハザード対策としてのインセンティブ契約
現実の保険契約には、モラル・ハザードに起因する無駄を
減らすための細心の工夫が施されている。
自動車保険は事故を起こしたことがある人の加入料が高くなるし、
火災盗難保険も一定額は加入者が負担する制限がかけられる。
美容整形などの加入者自身が望んで受ける治療は保険の対象とならない。
企業が従業員に対する報酬契約を考える際も、
同様のモラル・ハザード問題に取り組まねばならない。
インセンティブを与えるためには、従業員が自らの業績に何らかの
責任を負うことが望ましい。
つまり、従業員の報酬や昇進が、与えられた業務を
如何にうまくこなしたかに依存するのが望ましい。
しかし、従業員に責任を負わせることは、従業員の現在、
もしくは将来の所得がリスクにさらされることを意味し、
このようなリスクを通常、従業員は好まない。
つまり、インセンティブを与えようとすると、リスクを負担させるコストが発生する。
このリスク負担のコストとインセンティブの便益のバランスが取れているのが
効率的な契約と言える。
不確実性の発生源
従業員が常に要求どおりの任務をこなすことができ、
また、要請どおりに行動したかどうかの正確な確認が容易ならば、
リスク負担費用は発生しない。
でも現実は、そのモニタリングが100%の精度でできることは不可能。
よって、必ず従業員にリスクを課すことになる。
これに関する代表的な対応策として、出来高給制度がある。
従業員1人1人の作業の精度や情報の正確さ、努力水準などを
正確に把握することは不可能なので、そこは諦めて、結果だけを見るという方法。
これは確かに1つの解決策ではあるが、最終的な結果事態が、
すべて従業員の働きによるものとは限らない。
例えば景気がよくなる、などの外部要因によって業績が伸びることもあるし、
その逆に自分の努力ではどうしようもないところで業績が落ちることもある。
つまり、従業員にはコントロールできないが結果に影響する確率要因が、
従業員の所得に対しても確率要因になる。これが第1の不確実性。
第2の不確実性発生源は、業績評価の指標に主観的な要素が含まれる場合に起きる。
職務態度や同僚への接し方の評価は上司の主観に依存するため、
このような評価方法を従業員は一種のリスク発生源とみなすだろう。
第3の不確実性は、従業員のコントロールが及ばないところで、
従業員自身の任務遂行能力が変化してしまう可能性から生じる。
病気になれば、遂行能力が著しく低下するかもしれないし、
天候や交通問題で通常のスケジュールがこなせなくなるかもしれない。
リスクとインセンティブとのバランス
業績や成果と報酬の関連を切ってしまえば、上述のリスクは発生しない。
が、それはまた同時に優れた行動は褒賞されず、悪い行動にも罰がない状況となり、
人並以上に努力するインセンティブが全くなくなる。
効果的な契約は、インセンティブのメリットとリスクをバランスさせたもので、
その配分はケースによって様々だが、3つのステップを踏むことで、
もう少し具体的に理解できる。
第1は、統計学の用語を用いてリスクの正確な記述をすること。
第2は、合理的な人間がリスクを含んだ選択肢からどのような選択をするか把握すること。
第3は、各個人のリスクに対する態度が異なりうる点をどう分析に取り入れるか。
不確実性下での意思決定と金銭的リスクの評価
まず、金銭的リスクの記述をするには、統計学の平均と分散が必要になる。
所得の平均=期待値は、確率*収益の加重平均になる。
分散は、金額の変動可能性を示し、不確実性の大きさを測る指標となる。
一般的な人間の大半はリスク回避的である、という前提に立って考えていく。
すなわち、
①確実に所得Iを受け取る方が、
②平均はIだが、不確実(増えるかもしれないし、減るかもしれない)な所得を得る
より望ましいと思う、という仮説だ。
この時、②の不確実な所得から、①の確実な所得へと乗り換えるために
支払っても良いと思う金額の最大値をリスク・プレミアムという。
このリスク・プレミアムの大きさは、所得リスクの規模と個人のリスク回避度に依存する。
そして確実な所得からリスク・プレミアムを引いた残りが、
変動所得②に対する確実同値額という。
確実同値額は、その個人にとって、不確実な所得と同じ価値を持つ、
確実な所得の額を示している。
上記の関係を数式で表現すると、
確実同値額=I-1/2r(I)Var(I)と表現できる。
I=平均所得
r(I)=絶対的リスク回避度
Var(I)=分散
絶対的リスク回避度r(I)=0であるような個人は、
リスク回避のために何も支払おうとはしない。
そのような個人をリスク中立的であるという。
その場合、確実同値額=I-0=Iとなる。
同様に、所得に不確実性が存在しない、すなわち分散が0の場合も
確実同値額=I-0=Iとなる。
つまり、個人がリスク回避的でr(I)が正であるならば、
確実な所得I2は不確実な所得Iよりも少ない金額でよい、という話になる。
これは裏返せば、リスク・プレミアム=1/2r(I)Var(I)は、
当該個人が所得Iの不確実性を回避して、確実な所得I2を得るために支払ってもよい金額となる。
リスク・プレミアムと価値最大化
第2章でも出てきた価値最大化原理の考え方を用いて考えると、
あるインセンティブ契約が効率的であるための必要十分条件は、
当事者全員の総確実同値額が最大化されることだ、と定義できる。
価値最大化原理の前提として、所得水準は財やサービスに対して
支払ってよい金額の定義と関係がない。
つまり、リスク・プレミアムの額は、期待所得水準Iに依存しない、
という仮定のもと、分析していくことができる。
これは先ほどの式のr(I)がIに依存しない、という話なので、単にrと表記することにする。
よって、
期待所得=I
リスク・プレミアム=1/2rVar(I)
確実同値額=I-1/2rVar(I)
となる。
リスク・シェアリングと保険
1つのリスクについてその実現値を知りえたとしても、
その知識からは、もう1つのリスクに対する新たな情報が得られない場合を
2つのリスクが統計的独立である、という。
統計的独立であるリスクは、互いにリスクを分担し合うことによって、
総リスク負担費用を軽減することができる。
これをリスク・シェアリングの原理と言い、すべての金融保険契約の基礎となっている。
保険によってリスク負担費用がどう軽減されるか
現代経済にはリスク・シェアリングを促進するための
様々な機構や制度が備わっており、保険会社はそのような重要な機構の1つである。
多数の加入者を通じてリスクを広範囲に拡散させ、
個別のリスクを非常に小さくしている。
互いに独立なリスクをプールしていくと、保険対象損害額が
統計的な意味で予測可能になる、というメリットもある。
しかし、大規模かつ普遍的に影響を与えるようなリスクは、
(本質的にこの種のリスクは統計的に独立ではない)
リスク・シェアリングによってそのリスクを大きく減殺することができず、
保険運営の対象にできない。
例)原油価格の高騰など
インセンティブ報酬の原理
個人や組織が他者のために行動する動機を与える問題は、
経済学ではプリンシパル=エージェント問題として知られている。
ここではインセンティブ報酬問題に絞り、
雇用主=プリンシパル、従業員=エージェント、として考察していく。
業績指標に基づいた支払い方法
従業員が直接費やした労力や、知能や想像力などの個人的資質は、
容易に測定できないので、給与はこれらの要因によっては決定できず、
金銭インセンティブはもっぱら業績に基づいた報酬の形をとる。
一方、効率的なリスク・シェアリングの観点からすると、
業績指標に依存することで生じる不確実性をも分散できなければならない。
が、このリスクは0にできないので、
業績指標に基づいた報酬制度がもたらす所得のリスク・プレミアムと
効率的なリスク・シェアリングのもとで必要なリスク・プレミアムの差額が、
非効率なリスク・シェアリングによる損失額になる。
業績給を採用する企業は、この損失額を上回る業績を、
従業員から引き出せると考えている。
インセンティブ報酬のモデル
従業員が雇用主の利益のために費やす努力水準を「e」で表す。
しかし雇用主はこの「e」を直接測定することはできず、
雇用主が把握できるのは、「e」に従業員にはコントロールできない
確率事象としてのノイズ「x」が混ざった「z」という指標である。
z = e + x
さらに第2の指標「y」が存在し、これは努力水準「e」には依存しないが、
ノイズ「x」とは統計的に相関関係がありうるとする。
雇用主は「z」しか観察できない。
つまり高い努力が打ち消されることもあるし、
低い努力が底上げされて見えることもある、ということを表現している。
仮に議論を単純化するため「x」と「y」の期待値は0になるように調整済みだとする。
そうすると、売上の期待値は努力水準に他ならない。
ゆえに、賃金を「w」とすると、報酬ルールは次の式で表現できる。
w = α + β(e + x + γy)
つまり、基本給αと観察された指標「z」と「y」の和になっており、βはインセンティブ強度を表す。
2つの契約のうち、βの値が高い契約の方が、努力に対する期待値が増加する。
パラメータγは変数「y」の重みを意味している。
0ならば、「y」は報酬決定には使われない、ということになる。
もしγが一定値であるなら、z + γy が
雇用主にとって観察可能な努力水準「e」の推定値になるということ。
そして、契約設計において主要な課題の1つが、
この推定値を決めるための「y」にどれだけのウェイトを置くべきか、
すなわち、γの値をどうするか、という問題である。
そして繰り返しになるが、報酬「w」は、
βが0でない限り、努力以外の確率事象「x」や「y」によって変動し、
このリスクは従業員が負担しなければならないのである。
線形報酬関数を支える論理
w = α + β(e + x + γy)
といった、線形報酬関数にのみ限定して考えることが、常に妥当なわけではない。
理想的な報酬ルールは、努力の性質や、利用可能な様々な指標によって異なる。
ただ、現実世界では線形報酬関数は非常に良く使われているのも事実。
つまり、こんなに単純な話ですべて解決できるわけじゃないが、
この単純な線形モデルが妥当な事例も結構あるよ、と言うこと。
例えば、一定の目標に達成したらボーナスが出るよ、といった
非線形モデルは世の中にたくさん存在する。
ただ、このモデルには、到底目標が達成できないとわかった瞬間、
インセンティブを失ってしまう欠点がある。
線形モデル、いわゆる歩合制は、常に売上を伸ばそうとさせる
インセンティブのプレッシャーをもたらす。
それは売上がどの水準にあろうとも、
一定のインセンティブが与えられ続けるメリットがある。
ちなみに、販売目標型(非線形)の精度の場合、
インセンティブの低下を防ぐ策として使われるのは、
目標の集計期間を短期にすることがあげられる。
短期目標にすることで、結果あきらめによる
インセンティブ崩壊期間も短期で済ませる、という方法。
ただし、そうすると今度は、従業員は売上計上タイミングを前後に操作し、
より有利な報酬につながる最適なタイミングを図ることになり、
究極的には販売目標制も販売額比例の歩合制に収束していく。
また、他にも線形報酬関数はその単純さ=わかりやすさ自体が大きなメリットになる。
従業員が理解できない制度は期待通りの動機を与えることはできない。
線形契約のもとでの総所得
従業員にとっての確実同値額=報酬の期待値-努力の費用-リスク・プレミアム
= α + β(e) - C(e) - 1/2rβ^2Var(x + γy)
雇用主にとての確実同値額=利益の期待値-報酬支払額の期待値
=P(e) - (α + βe)
これらを足し合わせた総確実同値額の最大化を目指すので、
総確実同値額=P(e) - C(e) - 1/2rβ^2Var(x + γy)
この式が最大化の対象となる。
インフォーマティブ原理
報酬関数を設計する上で、エージェントによる行動の推定に伴う誤差を
縮小させるような業績指標を追加し、誤差を拡大させるような要素を除外すると、
総価値は常に増加する。
つまり、最適なインセンティブ契約のもとでは、報酬は、
従業員の努力水準の推定値(z = e + x )の分散が最小になる
(=誤差が小さい)指標にのみ依存するべきだ。
従業員同士の比較による相対評価制度が成立しうることは、
このインフォーマティブ原理で説明できる。
絶対評価をしようとした時の推定値の分散よりも、
相対評価をしようとした時の推定値の分散の方が小さければ、
一見不公平に見える比較評価制度の方が効率的になるのだ。
現実的には絶対評価だけ、相対評価だけ、というモデルは最適解にはならず、
両方をミックスした評価方法が最も効率的になる。
また、自動車保険の負担額は、事故の損害額に応じて決められるべきではない。
なぜなら、損害額は保険加入者がコントロールできるものではなく、
事故によってその損害額は大きく変化する。
よって、インフォーマティブ原理によれば損害額ではなく、
事故が起きたと言う事実にのみ依存させるべき、となる。
インセンティブ強度原理
最適なインセンティブの強度は4つの要因に依存する。
第1は、追加的な努力がもたらす利潤の増分。
余分に努力しても、それに見合った利潤がなければ意味がない。
第2は、エージェントのリスク許容度。
エージェントがリスク回避的でなくなるならば、
インセンティブ強化に伴うリスク負担費用が下がる。
つまり、インセンティブ強度原理によれば、
リスク回避的なエージェントに対しては、
与えるインセンティブを弱めなければならない。
第3は、期待されている行動に対する評価の正確さ。
低い精度=高い誤差=高い分散を持つことになる。
分散が大きければ、インセンティブは弱める必要がある。
第4は、エージェントのインセンティブに対する反応の強度
例えば、一定速度で動く生産ラインの従業員は、
出来高インセンティブに反応して産出量を増やすことはできない。
エージェントにとって、インセンティブへの対応が十分可能な場合に、
インセンティブを最大化するべきである。
日本の下請け企業の事例
下請け企業へ支払う部品の費用はあらかじめ契約で決められた額ではなく、
供給企業の実際の費用に基づき変動する。
目標のコストがxaで、実際のコストがxbだとすると、
下請け企業への支払額は
xb +β(xa - xb) という式によって表される。
事前に競技して決めた目標コストxaより実際のコストxbが低く抑えられれば、
それは、下請けの利潤となって返ってくる。
逆にコストが超過してしまった場合は、ペナルティとなる。
モニタリング強度原理
業績の測定方法は選択対象ではないと仮定してきたが、
実際には雇用主は、モニタリングに資源を割くことで、
測定方法の精度を改善できることが多い。
業績測定の分散をモニタリングによって小さくできる、ということ。
エージェントの給与の業績に対する依存度を高めたいと言う意図があるならば、
業績測定をより注意深く行うほうがよい。
正確な業績情報のモニタリングと、インセンティブ強度の設定は、
相互に補完的な活動であり、インセンティブ強度原理と対を成す原理となる。
均等報酬原理
通常従業員の業務は単一の作業ではなく、複数の業務から成り立っており、
それぞれの業務に対する時間と労力の配分が適正かどうかは雇用主にとっては関心事になる。
が、これがインセンティブ問題をより複雑にする。
雇用主が従業員の労力や時間配分を正確にモニターできない場合、
異なる業務から得られる限界収益に差が有ってはいけない。
Aという業務の方が、Bという業務よりも報酬につながりやすいとすれば、
みなAという業務ばかりして、Bをしなくなるだろう。
つまり、インセンティブの設計は、業務の設計に他ならない。
利潤について責任を負う管理職は、売上や費用にのみ責任を負う管理職よりも、
広い範囲の決定権限を与えられる。
管理職の報酬決定は、その責任範囲を決定することになり、
同時にそれぞれに与えられる権限の範囲を決定することにもなる。
異時点間のインセンティブ:ラチェット効果
ひとつの活動に対する業績目標設定の際に、
過去の業績に基づいて決めるという慣行は一般的である。
一見、インフォーマティブ原理にもかなった、
最善の部類の指標を用いているように見えるが、ある種の費用も発生する。
昨日の好成績が今日の高基準になってしまうというラチェットが発生し、
高い業績を上げたがゆえに、次に処罰されてしまうというラチェット効果が発生する。
このラチェット効果を克服する方法には自営や所有が有り得る。
また、会社内部でもジョブ・ローテーションが1つの対策になりうるが、
職務上の経験蓄積機会が狭められるために、潜在的に効率性を低下させる費用が伴う。
リスク中立的なエージェントの場合のモラル・ハザード
ここまではエージェントがリスク回避的であるという前提での議論。
もしリスク中立的なエージェントを仮定するなら、リスク回避度が0なので、
エージェントのリスク負担がどのようなものであっても、
リスク・プレミアムは発生しない。
すなわち、全リスクをエージェントに負担させる形で、動機を完全に与えられる。
経営者が利潤をすべて享受し、損失をすべて負担する状況だったり、
自動車保険の場合は運転者が被害者への保障をすべて自分で負担するという事と等しい。
が、現実的にはこのような解が機能しない場合がある。
エージェントがリスク中立的でも起きる問題
まず、エージェントに十分な資金能力が欠けている場合、常にこの解はうまくいかない。
経営者の場合、経営上の費用をすべて個人で賄える保証はないし、
運転者も大事故に対する損害を個人で賠償できない。
第2のケースは、リスクが金銭的なものではなく、
その移転が困難、あるいは不可能な場合に起きる。
自動車事故による死亡は、損害賠償支払いだけで元通りにならない。
つまり「取り返しがつかない」リスクに対しては成立しない。
第3のケースは逆選択のために市場が機能せず、
プリンシパルとエージェントが価格について合意できない状況である。
- 作者: ポール・ミルグロム,ジョン・ロバーツ,奥野正寛,伊藤秀史,今井晴雄,西村理,八木甫
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