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出版流通の効率化の中でISBNが果たした役割やそれにまつわる様々な議論をまとめた資料性の高い1冊。 湯浅俊彦/日本の出版流通における書誌情報・物流情報のデジタル化とその歴史的意義

まず、日本の出版流通は結構凄い。
全国津々浦々の書店へ、膨大な種類の本を届け、回収している。

この物流の改善の歴史において、決定的に重要なのが、
商品管理のデジタル化だ。
1冊1冊の本の情報をまとめたものを書誌情報と言い、
現在はすべての本に固有の番号
(ISBN=International Standard Book Number)が振られている。

こうやって本の単品管理を進めていった結果、今の物流があるのだが、
当たり前のように感じるISBNも昔は無かった。
そして、現代の感覚からすると物流や商品管理の効率化に際して、
本の単品管理は当然重要だと思うし、
それを推進することに何の疑問も感じないが、
ISBN導入に際しては、なんと反対運動があったらしい。

本書はそういった書誌情報、物流情報のデジタル化の歴史を
丁寧にたどる資料性の高い本。
こういった形でまとまっているのは本当に価値のある仕事だ。

これを読むと反対派の言わんとしている事もわかるし、
改めて本という商品が持つ多面的な価値について考えさせられる。

そしてこれはデジタルコンテンツの流通や管理においても
同様に重要な要素になり得る。
書誌情報をどのように管理していくのか、
これは電子書籍の話題の中では随分地味で遠い話のように感じるが、
実はかなり重要な根幹なのかもしれない、と思うようにもなった。


出版流通の前提

出版流通の前提を簡単にまとめておく。
必ずしも今の流通がこうではないが、仕組み上こういった
リスクが存在しているよ、と言うお話。

ごく一部の本を除き、本は委託販売という形で流通している。
書店は在庫リスクを持たず、売れない本は返品することが可能だ。
一方出版社は、人気の本を重版(追加生産)する際に
何が気になるかと言うと、
書店の棚に並んでいる店頭在庫の数が気になってしょうがない。

10万部の本を取次を通じて全国の書店に届けたとしても、
それが実際に売れたかどうかは別問題。
売れてるっぽいけど、実際は3万部しか売れてないのに、
もう10万部刷りました、なんてことになると、
1ヵ月後くらいに怒涛の返品15万部、なんてことにもなりかねない。
本当に今売れているのは何冊なの?
これを出版社は完璧に捕捉できないのが出版流通。

だから、書店からの注文に対して非常に懐疑的になる。
10冊欲しい、と注文が来ても、本当に10冊売れるかわからない。
書店には在庫リスクが無いので消化できなくても困らない。
見込み違いの過剰発注や、誤発注、二重発注なんかが混ざってくる。
そもそも本当に店頭在庫が無くなっているのか、見込み発注なのかもわからない。

そんな中、出版社は重版に慎重にならざるを得なくなり、
過少生産に陥るリスクが生じる。そうなると在庫が足りず、
機会損失につながり、売り時も逃してしまう。
また、配本も実績のある大手チェーンに偏り、
大型書店には山積みなのに、中小書店では品切れ、なんてことも。

こういった状況に対して、もちろん改善の取り組みが行われてきた訳だけど、
主役は流通を担う取次会社。
この取次は日販とトーハンという2大取次の寡占状態で、
結果的に彼らが強い力を持つようになっている。


流通改善の取り組み

売れ筋商品を適時に供給することで顧客サービスを向上させる一方、在庫を圧縮し、金利を減らし、資金回転率を高めることができる」とされている。日本出版販売では書店活性化プロジェクトである「www.project」(トリプルウインプロジェクト)に取り組み、POSシステムによって得られた情報を書店、出版社、日本出版販売の3者が共有し、書店の店舗運営を支援する目的で開始された。つまり、書店のPOS売上げデータ・返品データ、取次の送品・在庫データ、出版社の出荷・在庫データなどを一元化することで、書店の品揃え、取次の商品供給、出版社の需要予測などを的確に行うことをめざしている。
P.27

POSレジの導入とその情報の共有はまさに書店で何が売れているのかを
迅速に捕捉できない問題の救世主になり得る。
これも現代のコンビニに慣れきってしまった私たちには当たり前の話だが、
ではすべての書店にPOSレジが普及しているかと言うと全然そんなことはない。
結局大手チェーンなど大資本の企業が導入できるだけで、
個人経営のいわゆる街の本屋さんにはそのコスト負担が重く、
2005年時点でのアルメディアによる調査結果では
POSレジ普及率は3割程度という調査結果がある。

でもPOSデータと言うのは非常に重要で、
物流改善において果たす役割は大きい。
役割が大きいから導入できた書店のみが売れ筋の補充など
その恩恵を受けることができる。

この流れについて来られない中小書店の廃業が
相次ぐのもある種の必然を感じる話。


取次の差別取引と流対協

流対協は出版流通対策協議会の略。
(ちなみに流体協は2012年に日本出版者協議会(出版協)として再スタートを切っている。)
出版流通に関する本をちょいちょい出版されているので
名前はちらほら見かけていたが、成り立ち等はあまり知らなかった。
出版業界には日本書籍出版協会、通称書協という業界団体が存在するが、
こちらは大手版元が中心メンバー。
そこに中小零細出版社の声は反映されないとして、
零細出版社が立ち上げたのが流対協、という位置づけ。

流対協はそもそも①再販制の擁護、②差別取引是正、③言論・出版の自由の擁護を方針として1979年に設立された中小零細出版社による団体である。一方、書協は1957年に設立され、日本の出版社団体の中で最大の会員数を誇り、日本の出版業界を代表する団体である。流対協会員各社と書協会員社との決定的な違いは出版社の創業年ではなく、また売上げでもなく、取引条件の違いであると流対協は主張していたのである。そして流対協が一貫して求めていることは、取引の公平・公正であり、取引条件の基準をはっきりさせることであると言う。
P.99

で、流体協が掲げる差別取引の是正とは具体的にどういうことかというと、

例え同じ本を作っても、われわれは68とか69という建て正味であるのに、片や72とか73、ひどい場合には8掛けということで、それが何とかならないのかということを交渉したい、ということがわれわれの最大の願いであるわけです。
P92

出版業界の閉鎖性を支えているのが「差別取引」による新規参入の困難さであり、日本の出版流通の要に位置する取次による優越的地位の濫用であるというのが流対協の長年の主張である。
P.96

上記引用の通り、取次が各出版社と結ぶ取引条件の違いが大きい。
上代の68%とか低い掛率でしか取り扱ってもらえない。
72%とかの出版社もあるのに、おかしい、という話。
他にも取次に納品してから入金されるまでの支払い期間や、
支払額の割合が違うなどと言った問題もあった。
大手は納品した分すぐに100%支払ってもらえるのに、
零細出版社は返品分を見込んで何割かしか払って貰えない、など。

でも、気持ちはわかるんだけど、商品の掛け率に関してはどこの業界にもある話。
売れるものと売れないもので条件が違うことは、
ビジネスとしては至極当然な話だとは思う。

支払いサイトやその割合に関しては確かに新規参入の障壁になると思うので、
改善要求をしていくのはわかるし、実際にこの部分は
取次がどういった条件をクリアすればよいのかを明示化し、
改善に繋がっていったらしい。


ISBN導入への反対

日本図書コードおよびISBNによる流通合理化は売れにくい本をますます淘汰する方向性につながるという危惧をこの時代に流対協はしばしば主張している。
P.98

再販制度もそうなのだけど、結局効率を最重要視してしまうと
出せない本がたくさんあるということ。
出版社は売れる本しか出せない状況に陥る。
今でもまったく売れない本は出せないけれど、
流通段階で効率性の観点からはじかれるようにもなると、
出しても書店に並ぶ機会を与えられなくなってしまう。
それでいいのかというと確かにそれはあまりいい世の中とはいえない気がする。

そしてもう1つの視点が、出版統制という問題。

このシステムの導入を要望したのが国会図書館であることを思い合せると、なにか饐えた匂いがぷんぷんしてきます。そしてさらにこのシステムは、自費出版物、パンフレット、小冊子など非商業出版物にまでコード管理委員会への登録を義務づけ、従わない者には向うから勝手に番号を押しつけるというのですから、もう空いた口がふさがらない。
「本の内容が気に入りませんな。これでは番号は差し上げられませんぞ。つまりこれは出版できませんね」などと、やがて管理委員会がいうようになるかもしれません。国立機関による出版情報の集中管理から、容易に、出版統制へと進む可能性があります。
P.125

この部分はちょっと敵意むき出しすぎかもしれないが、
ISBNの導入が国立国会図書館からの要請で検討されたという流れがあり、
それに対する国による出版統制への懸念があったと言うこと。
これも今の感覚からすると当たり前のように享受できている言論の自由は、
戦中には無かったという事実を考えると、そう主張する人の気持ちもわかる。
本は弾圧の対象になり得る商品であり、焚書や思想言論統制は、
現代においてもなお世界には存在しているってのは忘れちゃいけないんだろうな。


図書館とISBN問題

同じような懸念が図書館の蔵書、貸出管理に関しても出ている。

全国のありとあらゆる図書館をコンピュータでむすびつけ、利用者情報・蔵書情報等を中央で一元管理することを構想しています。これでは「図書館の自由」も、「大学の自治」、「学問、教育の自由」もあったものではありません。政府は、いつ、どこで、だれが、なにを読んだか、書いたか、創ったか、売ったか……これら諸情報をいながらにして時々刻々手にいれることができるようになります。ここから言論・出版・思想統制への道は半歩と隔ってはいません。
P.161

だからと言って、ISBN、あるいはそれに準じるコード体系の導入自体を
無しにできるかと言うとそれは現実的ではないだろうと思う。
導入による懸念やデメリットはもちろんあるが、
それによって享受できるメリットも現実的には大きい。

ISBNは出版流通の現状を合理化し、とりわけ大手取次を利するものになって、出版流通の自由、即ち表現の自由を疎外するものとなる、と主張した。
これに対して、日図協は、確かに結果的にはそういうことはあるかもしれない、としてもそれは大手取次の責任であり、我々はそういうことは目差していない、第一ISBNもコンピュータも、利用者に資料や情報を提供するのに有用な道具であり、その速度を早めるのに役立つ、と回答した。
P.174

それに、基本的にはみんな進んで言論統制に加担したいわけでは無いし、
そんなことを意図して導入を進めようとしているわけではない。
ちゃんと、至極全うなことを考えている人の方が多い。
だから図書館協会も下記のように全うなことを言っている。

貸出に関する記録は、資料を管理するためのものであり、利用者を管理するものではないことを前提にし、個人情報が外部に漏れることのないコンピューターシステムを構成しなければならない。データ管理の権限を特定の者に集中することで秘密保持が保証されるものではない。
P.209

図書館が考えるべきは、どういった図書を購入し、蓄積していくのか。

個々の図書に日本図書コードがつくことによって書誌コントロールの能力が高まり、今まで以上に必要な図書を入手しやすくなったとしても、図書館が中小出版社の図書を購入しないことには問題の解決にならない。
出版の問題は文化の問題であると同時に経済の問題でもあることを思い出してほしい。
日本図書コードが大手の出版社を利するものであるなら、図書館界がこれを支持するためには、これまで以上に中小出版社の図書を購入するというカウンター・アクションをとらなければならない。
これによってこのコードの採用によって生じる経済面、ひいては文化面のひずみを是正することができる。
P.201

公共図書館の役割って何なんでしょうね、というのは難しい問題。
TSUTAYAが運営受託したり、とかが話題にもなっているけれど、
図書館が購入すべき本とは何なのだろう。
貸出冊数を重視するあまりベストセラー本を何十冊と購入して
提供していくことが図書館の役割なのかと言うとそれには違和感を感じる。
でも税金使って運営してるんだから利用者の求めるサービスを
提供するって言う考え方は一概に否定できないのもわかる。
図書館を巡る問題も何冊か読んでみたいな。


取次の巨大化と書店SA化

結局、戦略的にトーハン、日販の帳合合戦が顕著になってきたのが1980年代後半あたりです。書店、取次、出版社という三者の位置づけが三位一体だったのが、ISBN実施によってコンピュータ化が進化したことによって取次、あるいは出版流通と置き換えてもいいんですが、その力が出版業界の中でかなり大きく増してくるんですね。当時、私は現場にいたから感じるけれど、それまでは書協や雑協がかなり力を発揮していた。日書連なんかも力を持っていた。そこに取次がずっと出てきて、トーハンと日販のシェア争いというのか、出版業界の中でウェイトを占めるようになる。帳合合戦という形で取引書店を増やしていく、その尖兵として力を発揮したのがISBNを出発点にしてのその後のバーコードなどのコード化でした。
P.148

出版労連の方へのインタビューの一節だが、
商品管理のためのISBNの導入が
ものすごく色々な所に影響を及ぼしているということは
この本を読んでいると強く感じる。

そして書店のSA(ストアオートメーション)構想が強く打ち出されていく。

究極のSA化をめざしたという日販の「書店トータルシステム」では次のようなことがうたわれている。「新刊・注文品の入荷データが自動的に登録され、ジャンル・棚マスターによりジャンル別・棚ナンバー別のリストが自動的に打ち出される(棚入れがパートでこなせる)。」(「新文化」1991年7月18日付)省力化や効率化といった書店における流通革新がつまるところ「パートでOK」というコンビニエンスストア型の合理化しか考えられないところに、出版流通を支える書店の発想の貧困さが表われているのではないだろうか。【中略】著者と読者を結ぶ書店の広場性はそこに寡黙ではあるが時代の文化を編集する書店労働が介在してこそ成り立つ。書店SA化は書店員がロボットになった時に完成する近未来ホラー小説[映画=引用者注]のシナリオのように思えるのである。
P.159

本のことを知らないパートやアルバイトでも
棚入れがこなせるようになる、これは確かに画期的な
効率化だったのかもしれないが、
同時にこれは書店の規格化を進行させる。
どの本屋も似たようなものを置き、
商品ラインナップによる差別化ができない状況。
92万種類も商品があるにも関わらず・・・


ダイレクトマーケティング全盛の時代

Amazonしかり、ネット通販全盛の時代に、
顧客情報と購買履歴を管理、活用することは当たり前のこととして
考えていたので、こういう考え方もあるんだな、というのが新鮮だった。
下記は東浩紀のご意見。

数千年前からずっと、書籍はどの本を読んでいるのかわからない、という匿名的な情報流通の媒体として存在しつづけてきた。これは一種の知恵です。
図書館で本の貸し出しデータが慎重に扱われるのもそのためです。そのような匿名性には経済合理性はないかもしれない。しかし、この知恵は長い伝統として存在してきたのだから、よほどのことがないかぎり尊重しておくべきではないでしょうか。
P.229

ただ、そういう情報を得られる事業者は、
データを適切に管理し、
ユーザーにとって心地よいサービスを提供するために活用して
信頼を得ていかないといかん、という話は、
国領二郎『ソーシャルな資本主義』に書いてあったこと。
匿名経済から顕名経済へ。社会のあらゆる所で、大きな変化が起きている! 國領二郎/ソーシャルな資本主義 つながりの経営戦略 - 学びや思いつきを記録する、超要約ノート

ソーシャルな資本主義

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ちなみに、オンライン書店が成立するのはISBNのおかげ。

ISBNという「世界で唯一無二」であるキー項目に、利用システムが必要とする書名等のデータ項目を付加します。これが出版情報データであり、これらを集積したものが出版情報データベースです。従って、キーであるISBNがなければければ、何もはじまりません。
P.288