学びや思いつきを記録する、超要約ノート

国内MBA2013年入学、2015年無事卒業!読んだ本、記事、などの読書ノート。 忘れないために超要約整理。そんな記録。

日本の出版を支える紙を作る工場、震災からの復活のドキュメント 佐々涼子/紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている

日本の出版を支える紙の生産、あの日までどこで作られているのかなんて意識したこともなかった。
日本製紙石巻工場が震災で壊滅的な打撃を受けた後、半年で生産を再開するまでの貴重なドキュメント。
極限状態での意思決定、リーダーシップ。
現実はきれいごとばかりではないのだが、必死に復興に取り組む姿に目頭が熱くなる。

それと、工場で働く1206名、全員無事だったという必死の避難誘導もすごい。
そして、意思決定を一つ間違えれば紙一重の状況だったこともこれを読むとよくわかる。

この本は売上の3%が石巻の小学校の図書購入費として寄付されるそうだ。


出版に関わるものとして

サーモンはノルウェーで獲れることを知っている。バナナがフィリピンで採れることも、サトウキビが沖縄で採れることも知っている。しかし、私たちは雑誌用紙がどこからやって来るのかを知らなかった。それは出版に携わる者にとって恥ずべきことに違いない。
「これだけ紙を使って商売しているのに、不足してみないと、何も知らないことにすら気づけないなんてね。『電子書籍じゃなくてやっぱり紙だよね』なんて偉そうなこと言っていても、どこで作られているのか知らないんだもの」
目の前の編集者は、困ったように笑顔を作った。
P.7

出版社は多くの人に支えられて成り立っている。
今回の件でもそれを思い知らされることになった。
紙が無くなるなんて、考えたこともなかっただろうし、
書いてある通り普段どこの紙かなんて編集者1人1人意識していないと思う。
でもこの本を読むとそんな自分たちが恥ずかしくなる。
ほんと、この編集者の言ってることに共感した。


極限状態でのリーダーシップ

冒頭にも書いたけど、全員無事だったというのも避難誘導の賜物。

三月一一日、日本製紙石巻工場で働いていた従業員は、こうしてひとりも命を落とすこともなく生存が確認された。一二〇六名、全員無事。このことは、何かひとつの条件でも欠ければ成立しえない、無数の偶然の上に成り立っていた。
P.60

津波が実際に来るまでの1時間、山の上で、家に戻りたいと言い出す人を
その場に留めるその判断がなければ事態は一層深刻なものになっていただろう。
その極限状態での意思決定は並大抵のものではない。

「目標が達成できるか否かはリーダー次第。リーダーが二年といえば二年。三年といえば三年。そして半年と言えば半年です。現場の話を物わかりよく聞いていたら、三年あっても復興工事なんて終わらない」
P.110 - P.111

リーダーシップとは何か、現場にこれだけ覚悟のあるリーダーがいるってのが素晴らしい。
結局、頭で学ぶもんじゃないんだよな。

日本製紙のDNAは出版用紙にあります。我々には、出版社とともに戦前からやって来たという自負がある。出版社と我々には固い絆がある。ここで立ち上げる順番は、どうしても出版社を中心にしたものでなければならなかったのです。
P.135

Time誌の紙も石巻で作られているそうだ。
震災直後は他の工場での生産も含め、
海外への供給はストップさせて貰い、国内の需要対応に全力を振り向けたらしい。
海外の出版社も日本の状況を考えて快諾してくれたんだとか。
ありがたい話です。

「文庫っていうのはね、みんな色が違うんです。講談社が若干黄色、角川が赤くて、新潮社がめっちゃ赤。普段はざっくり白というイメージしかないかもしれないけど、出版社は文庫の色に『これが俺たちの色だ』っていう強い誇りを持ってるんです。特に角川の赤は特徴的でね、角川オレンジとでも言うんでしょうか」色あせを防止するために、紙の性質自体にも工夫が凝らされている。
「かつて文庫用紙は酸性だったんですよ。しかし今から二〇年ほど前に、ph7からph8ぐらいの中性紙を開発したんです。
P.145

従来の紙はPhが酸性からアルカリ性に変化していく過程で退色するらしい。
中性紙はその点、色持ちがしやすいんだって。

特定の業界の深い話って、本当に面白い。