ビジネス書大好きMBAホルダーが教える私の学びシェア

本を読んでそこから新しい知識を得たり、学んだりすることが大好き。学びたい、成長したいという意欲のあるビジネスマンの皆さん、一緒に成長しましょう。

コンテンツビジネスに関わる人は必読の書だろうな。名著。 川上量生/鈴木さんにも分かるネットの未来

ドワンゴの川上さんがジブリの鈴木さんにネットのことをわかって貰うように解説、というコンセプト。
わかりやすく、平易な言葉で、本質を突いている。
川上さんの本は初めて読んだけれど、とても頭の良い人だな、と感心。
そして、角川はちゃんと考えて、あるべき姿を目指していることがわかる。


劣等感と優越感

このネット民の気持ち、特に優越感の方は、20年前に自分がネットに感じたワクワク感、興奮を思い出すな。
読んでて思ったけど、世間一般のイメージでは、ネットに対するネガティブな印象って強いんだろうな。
ネット住民=社会から阻害されたというイメージは持っていなかったから、逆に世間の印象を感じたくだりでもあった。

ネット住民になることを選んだのは現実社会から疎外されたという消極的な選択肢としての理由も大きな部分を占めているとは思いますが、それ以上にネットの世界は面白くて時代の先端だと自分から望んで飛び込んできた部分も非常に大きいのです。
そして自分たちがネットの可能性を早くに見つけ、そこを住処に選んだことには誇りを持っているのです。
現実社会への劣等感と優越感がないまぜになったコンプレックスというのが、ネット住民の心性を表す大きな特徴なのです。
P.27

ネットとメディア

情報は完全自由競争時代になり、マスメディアはマスに情報を行き渡らせる装置としての機能がより重視されている印象。

ネットで従来のマスメディアのビジネスが危機を迎えている根本的な理由は、独占していた情報の流通経路がネット企業に奪われ、情報の発信者としては個人とすら競争しなければいけないという完全自由競争の中に放り込まれたからなのです。
P.47

マスに情報をデリバリーする力はやっぱり侮れないんだよなぁ、マスメディア。

つまりネットメディアにおいてもロコミを喚起するための正当な宣伝手法はマスメディアを使うことなのです。
そしてネットには、まだテレビほどの巨大な影響力のあるマスメディア的なものは存在していないのです。
これが、いまだにネットのムーブメントを起こすのにもテレビがもっとも重要なメディアである理由ですし、また、テレビをまったく見ないような若い世代に対してはなかなか有効なプロモーション方法が存在しない理由です。
P.62

一部のマスメディアが情報操作を握っていた時代から、誰でも情報操作が可能な時代へ。
それは真実へ近づくかというとそうではないってところが面白い。

たしかに情報を発信する権利はマスメディアの独占ではなくなり、ネットメディアによって民主化されました。
しかし、情報を発信する権利の民主化は、同時に情報を操作する権利の民主化を意味したようです。
ネットメディアの時代とはマスメディアにより特定の嘘の情報を流し続けることが難しくなった時代ではありますが、それによって真実の情報が流れるようになったのかというとそれも違うのです。
大衆がだれでも情報操作をすることが可能になったのが、ネット世論の世界なのです。
P.70

ディアビジネスに関して

コンテンツのマネタイズが非常に難しい構造になってしまっているということ。
広告のモデルの中にもコンテンツへ還元する仕組みが弱い。
特にオリジナルコンテンツへの還元が厳しい。

まとめサイトやキュレーションメディアに使われてしまう状況。
これだとオリジナルコンテンツの制作にコストをかけられない。

通常、ネットの広告費はPV(ページビュー)数だったりクリック数だったりで決まります。
PV数というのはウェブページが何回表示されるかです。
クリック数というのはウェブページに貼ってある広告のボタンが何回押されたかです。
ウェブページの中身に感動したかどうかとかは関係なくて、あくまでウェブページにおまけでついている広告バナーを何回見せたか、何回クリックされたかでしか広告収入は増えないのです。
そうなると1PVあたり、もしくは1クリックあたりにどれだけ安いコストでウェブページをつくれたかどうかで儲かるか儲からないかが決まります。
コンテンツの中身は関係なくなるのです。
第2章でも説明しましたが、ネットには2ちゃんねるで話題になった掲示板をコピーして見やすくしただけの「まとめサイト」というジャンルがあります。
これはなにしろ話題になった掲示板をコピーして表示するだけですから、簡単にコンテンツがつくれて、しかも面白いのです。
ネットでコンテンツを広告モデルでつくるというのは、こういうコピーしただけのコンテンツと同じ土俵でコスト競争するということなのです。
P.80

上記のようなコピーコンテンツとコスト競争なんて勝てるわけもなく・・・
ただ、クオリティの高いコンテンツへの需要もまた、次第に高まっていく可能性もある。
一部のキュレーションサイトがオリジナルコンテンツに注力しだしたように。
でもそれも、コンテンツ配信のプラットフォームを持っているところが、オリジナルコンテンツの作成をするからこそ可能なこと。
結局従来のコンテンツ制作者である出版や新聞はコンテンツをデリバリーする力を失ってしまっている。
プラットフォームになろうとしていないから。
ネットの世界ではデリバリーできるやつが強い。

コンテンツを紹介しているウェブページがあった場合、PV数=広告収入は紹介したウェブページの所有者のものになります。
また、コンテンツを探すために検索をした場合はグーグルやヤフーの広告収入になります。
そしてコンテンツの感想をSNSとか掲示板でユーザが書いたりするとSNSや掲示板のPV数=広告収入になるのです。
つまりコンテンツの制作費用を賄うためにインターネットの広告モデルを利用すると、コンテンツをつくった人以外のプレイヤーにも同時に広告収入が発生する仕組みになっているのです。
この仕組みでは広告収入の分け前はインターネット全体に広く薄く分配されますので(グーグルとかの広告プラットフォームには厚めですが)、一見すると分かりにくいですが、コンテンツをつくることで発生したPV数=広告収入のうちコンテンツ側に還元される割合はかなり小さくなるのです。
P.82 - P.83

ほんと、まったくもって仰るとおり。
コンテンツ制作側が儲けるのが無理ゲーになりつつある。


プラットフォームとの付き合い方

コンテンツを利用することしか考えていない相手なので、ボケーっとしてると良いように使われて捨てられる。
その辺、しっかりと戦略を持って交渉する、ということができてないので、
個別に交渉負けしてなし崩しになってしまう。

インターネット業界のほうでよく電子書籍の価格を紙より安くすれば普及するんだと出版業界を非難する人がいますが、安くしなければ普及しないようなものを新しい時代のメディアだと主張するのはどうかしていると思います。
長期的にはコストの安いデジタルコンテンツの価格が競争の結果として低下することはあっても、まだ普及していない段階で、デジタルコンテンツというプラットフォームが普及するためのコストを払うべきなのはプラットフォームを握っているインターネット業界側であって、コンテンツ側に低価格戦略を無理強いすることでプラットフォーム普及のための宣伝費を肩代わりさせるような理屈はおかしいのです。
P.89

おかしいものにおかしいとしっかり言い切るのが重要なのだけど、
最初から腰が引けてるか、コロッとだまされて良い話を貰ったかのように動いてしまう人がいたり・・・。

プラットフォーム側はユーザを増やしたいのでコンテンツを欲しがります。
プラットフォームにとって殼大の宣伝材料はコンテンツなのです。
したがって、プラットフォームは強力なコンテンツには特別な条件や契約金を提示することがよくあります。
また、コンテンツ側としては新しいプラットフォームに対しては、できるだけもったいをつけてコンテンツの提供を渋るというのが正しい基本戦略になるのです。
P.97

この当たり前の基本戦略が有効なうちに、最大限活用しなければいけないのだけど、
こと出版物に関していえば、気づいたところで見直す可能性は残されている。
ただ、その場合、Amazonなんかは交渉決裂後ユーザーは突然読めなくなる、なんてことも起きかねない。

一般にプラットフォームというものは、「われわれはコンテンツはつくりません。
みなさんの商売の邪魔をしませんから、自由にわれわれのプラットフォームを使ってください」みたいなメッセージを発信することが多いですが、コンテンツをつくるというのは実は一番手間がかかって大変な部分です。
コンテンツをつくらないというのは、プラットフォームにとっては楽をする戦略であるともいえます。
また、プラットフォームが並立している場合にはプラットフォーム間の競争のためにコンテンツが販促手段として犠牲にされがちな構造が先のようにあるわけです。
ですからぼくは、コンテンツはつくらないと宣言するプラットフォームがフェアであるとも責任ある態度だとも思いません。
任天堂ソニー・コンピュータエンタテインメントのように自らもコンテンツをつくり、コンテンツから利益をあげる家庭用ゲーム機のようなプラットフォームが、実はコンテンツが儲かる仕組みが維持されて、コンテンツのクリエイターにとって幸せな環境ではないかと思うのです。
P.110

コンテンツ制作側が儲かる構造を模索しないと、コンテンツがどんどん作りづらくなる。
コンテンツ制作って、博打みたいな投資でもあるから。
まぁこれだけコンテンツがあふれてる現代において、新しいコンテンツなんているの?っていう問題もあるのだけど。


顧客と直接繋がることの重要性

この重要性にコンテンツホルダーが本気で向き合うことが重要で、
角川は他の大手出版に先んじてちゃんとやろうとしてる。
そんなに好きな出版社ではないけれど、やってることはとても正しい。

顧客接点の死守、これが非常に重要なポイントなのです。
逆にいうと、いまのiTunes StoreKindleストアにコンテンツを提供しても顧客との接点はアップルやアマゾンに独占されるだけなのです。
お客さんがコンテンツを購入したとき、iTunesKindleで購入したとは記憶するでしょうが、そのコンテンツがどの出版社のものなのかということは通常あまり意識されません。
また、コンテンツ側はどのユーザがコンテンツを購入したかの情報がもらえませんから、購入者限定で、なにか特別なマーケティングをおこなうこともできません。
あるコンテンツを購入した人に他にどんなコンテンツを買えばいいかをリコメントするのはプラットフォーム側の権利であって、コンテンツ側の権利ではなくなるのです。
P.112

読み放題、見放題、聞き放題

最近、すごい勢いでこういうサービスが乱立してきているけれど、、、

定額の月額料金を支払えばすべてのコンテンツが無料で利用できるというサービスモデルがネット時代には主力になるとして注目されています。
個別のコンテンツごとに課金するモデルは、もう古いというわけです。
ぼくはこのような定額サービスは過渡的なもので、限界があると思っています。
理由はシンプルで、すべてのコンテンツの制作費を賄うほど収入を分配することが難しいだろうからです。
もし、できるだけ多くのコンテンツの制作費を賄えるように収入を分配すると、今度は一番人気のある作品が定額サービスに加わることが損になります。
人気のあるサービスは、利益を全部自分たちで得ようとおそらくは独自のプラットフォームをつくるほうヘシフトするでしょう。
P.121 - P.122

そして本当にこうなるとしたら、これからのコンテンツビジネスは結構面白い状況になるかも。
主導権を巡る大乱戦。


テレビの価値

多チャンネル時代はテレビ自体の影響力を弱めてしまう、というのは至極ごもっとも。

テレビの競争力を生み出す鍵となっているのは、大量の人々に同時体験を与えているということです。
この構図が崩れるとテレビの優位性は失われます。
したがって、ぼくはテレビ局の多チャンネル化については注意が必要だと思います。
ネットにおいて競争力を確保するためには、むしろ、チャンネル数を減らし絞ることが有効であり、チャンネルを増やして多様なユーザニーズに対応するのは、放送免許にもはや守られないテレビ局の最大の武器である大量の視聴者を分散させてしまう危険があるからです。
P.244 - P.245

多様性って難しい

そもそもオリジナルな物を作り出せる才能というのはとても貴重で希少なものだってことを
認識しないとダメだな、と思う。当たり前のことだけど、その業界の人でも忘れてしまいがち。

あと最近、集合知も素晴らしいけど、一歩間違うと集合愚、みたいな状況にもなっちゃうよね、てのが気になってる。
そもそも人が増えれば増えるほど、平均に回帰していくわけで、
イデアとか閃きって必ずしもみんなでどうこうした方がいいものができるってもんじゃない。

UGCの最たるものでもあるAmazonのレビューとかも、レビュー数が多くなればなるほど、
参考にならないというか、ゴミみたいな情報をより分けるのが面倒くさくなるなぁ、とか。

UGCは自由につくれるので、コンテンツの多様性があるというふたつ目の指摘は本当でしょうか?これについて、ぼくは非常に懐疑的です。
アマチュアは自由に創作できるにもかかわらず、むしろ作品の多様性は失われる傾向にあると思います。
たとえばネットサービスではありませんが、ユーザ主体の即売会であるコミケを例にとると、ほとんどの作品はパロディなどの二次創作であって、オリジナル作品は少数です。
商業作品と比較するとむしろ偏っているように見えます。
二コニコ動画についても同じで、どんな動画を投稿しても構わないのに、投稿されているジャンルには明確な偏りがあります。
商業作品で人気のあるジャンルよりは、むしろ商業作品では存在しないジャンルにユーザは興味があるようです。
P.285