本書は、広告業界のクリエーターとしても著名で、博報堂ケトルのCEOでもある嶋さんと、
一橋大学のビジネススクールでことばが市場を作るプロセスに関して研究してきた松井さんの
お二人が、実務家と研究者それぞれの立場から社会記号に関して語る本。
社会記号なんて言われると小難しそうに感じるけれど、なんてことはない、
皆が日常的に触れている「ことば」たちのこと。
例えば、加齢臭、草食男子、女子力、イクメン、などなど。
生まれた時には辞書に載っていないのに、社会的に広く知られるようになり、テレビや雑誌でも普通に使われ、見聞きするようになることばのこと。
P.6
言わば、消費者のインサイトを見事に表現した「ことば」のこと。
欲望する「ことば」 「社会記号」とマーケティング (集英社新書)
- 作者: 嶋浩一郎,松井剛
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2017/12/15
- メディア: 新書
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インサイトを見つけることの難しさと雑誌の力
インサイトを見つけることが重要なことは言うまでもないことだけど、
じゃあどう見つけるのよっていうそこが問題。
だって、インサイトを見つけることはとても難しいことだから。
なぜ難しいのかと言うと人は自分の潜在的な欲望をそう簡単には言語化できないから。
そのくせ、今までなかったようなものでも、目の前に現れた途端、そう、これが欲しかった!ってなるのです。
なので、いわゆるアンケート調査のようなもので、消費者の真のニーズが見えるかと言うとそう単純な話じゃない。
潜在的な欲望はなんとなく感じている暗黙知なので。
でも、そういった暗黙知を言葉に落とし込むのが上手い人たちがいる、と。
それが雑誌の編集者たちなんだよ、と嶋さんは言う。
確かに女性誌は時にその軽薄な紋切り型を揶揄されながらも、
イクメン、イケダン、シロガネーゼ、美魔女、などなど数々の「ことば」=「社会記号」を生み出してきた。
確かに部数は落ち続け、雑誌=オワコン、みたいなイメージがあるけれど、
実際、優秀な雑誌編集者は一流のマーケターですよ、と。
それはターゲットメディアとしての読者層の変化に敏感だから気付きやすいんじゃないか、と。
確かにそう言われると、「社会記号」を生み出す巧みさは雑誌の方がテレビなどよりも勝る部分がある気がする。
サピア・ウォーフ仮説
われわれは、生まれつき身につけた言語の規定する線にそって自然を分割する。
P.99
これは要するに、世界の認識は言葉に規定されると言うこと。
人は名付けられることで認識できる、名付けられないものは認識できない。
例えば虹が7色なのは、虹を赤橙黄緑青藍紫の7色と日本語では認識しているから。
エスキモーは白の表現が多様と言うのも彼らは雪の中で多様な白を名付け、認識仕分けているからで、
僕らにはそれが全て白としてしか認識されない。
だからこそ、暗黙知的な潜在欲求も、名付けられることで一気にフォーカスされ、顕在化され、
「ことば」によって市場ができていく。
これがインサイトをうまく「ことば」に落とし込めた時に起きている現象。
こうしたインサイトの発見の重要性はマーケティングの研究においても指摘されていて、
松井さんはマーケティング研究の大家、石井淳蔵の言葉を紹介している。
定量は過去、定性は現在、予兆は将来
P.187
ちなみにこの有名な一節が含まれているのは『マーケティングの神話』と言う本。
- 作者: 石井淳蔵
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2004/12/16
- メディア: 単行本
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社会記号の伝播
本書では社会記号がどのように世の中に伝播して行くのか、と言う話もしているのだけど、
メディアがどのように取り上げ、伝えていくのか、その過程の話がリアルで面白い。
メディアは、複数の同じメカニズムを持った事例があると分かったときに、初めて現象として命名するということです。
P.200
だからこそ、社会記号の1社独占は市場を成長させるという観点からはよろしくない。
で、結局メディアにしても、流通にしても、社会記号が担保されているのは実はサラリーマン的な感覚なんじゃないか、と。
メディアの側も、小売店で棚をつくる側も、そうした発想の根底にサラリーマン的な感覚があるのが面白いところですね。メディアの人が現象を報じるときに、上司から「それは本当に流行っているのか?」と突っ込まれないように横並び事例を必要とするのと同じで、流通の側もクラフトビールが売れているから棚をつくってお客さんにもっとアピールしたいけど、一社だけでは説得力が乏しいから、いくつも同じカテゴリーの商品を並べて、「ほら、クラフトビールはいっぱいあるでしょう? 本当にブームなんですよ」とプレゼンテーションする。そういうサラリーマン的としか言いようがない感覚によって、社会記号は担保されているということが分かります。
P.201
マーケターは「ことば」にも敏感であれ
結局、マーケターは数字だけでなく、「ことば」にも敏感でなくてはいけない。
石井淳蔵の名言=「定量は過去、定性は現在、予兆は将来」はすなわち、
マーケターには全て必要だよね、ってことなんだと思う。
定量も定性も、両方できた上で、予兆を掴めるか。
ビッグデータ、機械学習、AIと定量的なデータがもたらす未来の話題が
盛り上がっている現在なだけに、それも重要だけどそれだけじゃないぞ、という
基本を示してくれた気がした1冊だった。
欲望する「ことば」 「社会記号」とマーケティング (集英社新書)
- 作者: 嶋浩一郎,松井剛
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