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学びや思いつきを記録する、超要約ノート

国内MBA2013年入学、2015年無事卒業!読んだ本、記事、などの読書ノート。 忘れないために超要約整理。そんな記録。

流行の予測なんて不可能、世相を絡めてどうこう言うやつはみなペテン師のあとづけ。土屋淳二/モードの社会学 自由と束縛のファッション力学

社会学

久しぶりの社会学の本、下巻。
身分と生活様式の関係や、モードに対する規制、
メインカルチャーサブカルチャー、などのお話。
ファッションと世相を絡めるよくある言説を、ペテン師のあとづけと
バッサリ切り捨てたり、結構よく読むと痛快。


モードへの規制や管理

社会文化的な規範力こそが、モードがほんらいもっている自由度を制約し、社会におけるものごとのあり方を標準パターンとして秩序化する源泉といえる。そしてその制約の仕方には、おおきくわけてモードを規制する方法とモードを管理する方法とがある。モードは、つねにそのような規制と管理の束縛の手から逃れられない運命のなかで、かろうじてみずからの自由を謳歌するしかない。
P.6

身分と生活様式

近代民主化の過程のなかで「身分が生活様式を決定する」時代から「生活様式が身分を決定する」時代へと移行していったとき、その生活様式をもっともよく表示する道具が、ファッションにほかならなかった。
これまでライフスタイルを条件づけていた社会的地位は、しだいにライフスタイルによって条件づけられるようになる。貧しい食事と野良仕事の象徴であった“粟飯”と“日焼け”は、“自然食品”と“バカンス”へと転換されることで豊かな生活を象徴するようになる。かつての卑しい身分も、流行を先取りすることで、ひとも羨む“それなりの身分”を手に入れられるようになった。
P.12

この逆転現象は面白い。
身分によって厳しく身に着けられる服装が決まっていたのに、
近代になって、どのような生活様式ができているかが身分を示すようになった。
現代だと、どこに住んでるかとかも身分を示している気がする。
そして古典的な理論であるファッションの滴下モデルにも疑問を呈す。
上から下への伝播ってのは確かにあるのだろうけど、そういう一方向の物じゃない。
下の身分から生まれるファッションもある。

ファッションの古典理論である〈滴下モデル〉とは、上層階級のスタイルが“手本”となり、それが下層階級へと下降しながら普及していく原理である(;上巻第一章二(4))。その原理からするなら、贅沢禁止令などが敷かれた厳しい身分制社会においては、ファッション(流行)は起こりがたい現象ということになる。身分規制が弛緩し、身分間の流動性が高まることがファッション現象の不可欠な発生条件である、と多くの古典論者はみなしてきた。
このような説明は、服飾規制と身分制社会との強固な結びつきという点では妥当かもしれないが、スタイルの普及が上層から下層へ滴り落ちるという原理については、歴史的事実の多くを無視している。厳格な身分規制下にある宮廷社会であれ幕藩体制であれ、また新興ブルジョアジー成金が跋扈する経済的階級社会であれ、ファッションリーダーの中心が階級底辺に巣食う高級娼婦や遊女たちであった、という事実がある。一九世紀後半のパリモードをリードしたのはココットといわれる高級売春婦たちであり、江戸スタイルは花柳界震源地としていた。日本の戦後ファッションの幕開けを担ったのも、敗戦直後から駐留米兵や闇市成金を相手に身を売るパンパンガールたちであった。
男性中心社会において、権力にもっとも近い場所にいた彼女たちは、権力の威光を背後にみずからの体を最高の衣装とともにパッケージ化して高く売ろうとすることで、けっきょくファッションを草の根からボトムアップしていくことに貢献していた。
ファッションが上から下へ滴り落ちるものであるなら、それはまた下から上にも吸い上げられていくものでもある。
P.13-P.14

モードに対する社会的規制

衣服や身体をめぐる事象が社会問題化したときに、それによって揺らぐ秩序を回復すべく規制がセーフネットとして働くということであり、それを要請する社会的圧力が生みだされるということである。衣服や身体のあり方にかぎってみても、政治や経済、宗教、文化、教育、環境、人権など多様な問題領域からモードをめぐる争点が戻りだされ、モード規制への社会的圧力が加えられる。一九九五年パリコレクションにて発表されたコムーデーギャルソンの作品は強制収容所の収監服に酷似していると欧州ユダヤ人会議から糾弾され、その縞柄の生地の生産と商品の販売が中止された。
九六年のパリコレでは、シャネルがイスラム教聖典コーランの一節をあしらったデザインでイスラム教徒から抗議をうけている。
P.35

こういった事実は日本では巧みに揉み消され報道されない。
日本の報道機関は本当に骨抜きにされているということか。
まぁファッション誌は広告で牙抜かれてるけど、テレビはLVMHに遠慮するほど
貰ってない気もするんだけどな・・・


流行予測なんてものは不可能

マーケティングは「流行を“予測するため”の技術」ではなく、「流行を“創りだすため”の技術」である、ということである。
P.39

流行がマーケティングによって予測できるなんてチャンチャラおかしいって話。

そもそもトレンドの到来といったものはモードの模倣的感染でしかなく、予測うんぬん以前の小学生の宿題レヴェルの話である。そこに登場するのが、トレンドの“専門家”なるペテン師たちの事後解説である。じっさいブームの後には、雨後の竹の子のごとく、事後解説が生え競う。その最たる例が、ファッションと時代世相との非科学的な関連づけである。流行色やデザイン、衣服や身体のライン、化粧と眉毛、顔かたちの作り方から香水の嗜好性にいたるまで、あらゆるモードが時代診断の目安とばかりに語られる。“敗戦直後の暗い時代”、“六○年代末の学園闘争の暑き時代”、“七〇年代の省エネ時代とエコロジー″、“八〇年代のキャリアウーマンと自信に満ちた強い女の時代”、“九〇年代の片意地張らない優しさとナチュラルな時代”など、手垢のついたフレーズと時代のモードとを組み合わせることで事後解説の正当化は完成させられる。
P.42

安易な世相とファッションの話をバッサリ。
しょせんそんなものはペテン師たちが語るあとづけのお話。

(財)日本ファッション協会・流行色情報センター(一九五三年設立の(社)日本流色協会が前身)が、ファッション関連部門を含む加盟三六四社(○八年六月末現在)を取りまとめ、市場動向を踏まえたトレントカラー情報を選定している。このような流行色の事例にみられるように、あらゆるモードは時代背景と関連づけることで予測される対象であるまえに、創りだされ普及されるべき対象となる。
P.43

流行色も普及されるべき対象に過ぎない。けど意外とこれ知られてないよね。

ファッション関連産業の場合、とくに「商品提案機会の管理」が細かく制度化されている。ファッション性の高い製品の場合、スタイルのシンボル的価値の耐久性が劣化しやすく(つまり、飽きられやすい)、他のカテゴリー製品より段違いに商品サイクルが速いことからも、新製品の発表時期および市場投入(発売)時期は、ライバル商品との差別化を図るうえで最重要事項となる。あたらしいモードの普及にとって、そのタイミングを誤ると即座に命取りになるほどの高リスク商品といってよい。そのようなリスクを業界内で調整するための装置が、見本市や博覧会、展示・発表会、その他の販売促進にかかわる各種イベントの“定期開催”の制度化である。
P.56

コレクションとは商品提案機会の管理なのだな。


カウンターカルチャーメインカルチャー

族の系譜を辿っていこうとするとき、そこにみられる対抗性が何を意味しているかにじゅうぶん注意する必要がある。なぜならその対抗性こそが、サブカルチャーをしてカウンターカルチャー化せしめる特性だからである。サブカルチャーが文化的対抗性という性質を備えるとき、はじめてそれはカウンターカルチャーと呼びうる資格をうることになろう。
P.98-P.99

何に対抗しているのかってのが重要。

カウンターカルチャーは、メインカルチャーそのものに無条件に対抗の照準をあわせているわけではない。このことは、カウンターカルチャーそれじたい、まさしくメインカルチャーの母胎なくしては生まれえない、というその悲劇的な出自からもあきらかである。(中略)カウンターカルチャーは文化対抗性を帯びたサブカルチャーの派生体といえるが、そもそもサブカルチャーは、その存在を許容する社会的価値の世界のなかでしか生きられない。異質な文化的要素によって構成される多種多様な下位集団や“意味世界”が社会のなかで共存しうるのは、その社会が文化のあり方として多元主義的立場にたち、文化の異質性にたいする社会的寛容というメタレヴェルの社会的価値を共有化しているからに、ほかならない(逆にいえば、サブカルチャー共存しうる社会ほど、多元文化主義的価値が尊重された社会といえる)。
P.101

そして、カウンターカルチャーは常にメインカルチャーに対抗しているのかというとそういうわけじゃない。
ドミナントカルチャーに対してのカウンターカルチャーであり、
メイン≠ドミナントであることに注意。

カウンターカルチャーの対抗相手であるドミナントカルチャーをメインカルチャーと取り違えやすいのは、その対抗の構図が社会的マジョリティ対マイノリティという二項対立図式に置き換えられやすいことにもよっている。社会的マジョリティは社会的に優勢な社会的価値や規範を文化的コード化として制度的に権威づけることで文化秩序を構築している。その秩序の正統性にたいして“異議申立て”をおこなう実践がカウンターカルチャーであり、その主体が秩序から排除された文化的マイノリティである、という図式である。文化秩序は社会制度を枠づける価値的源泉であるため、たしかに文化対抗は既成体制への政治的抗議へと発展する場合がおおい。しかし、社会的マジョリティが構成するメインカルチャーが、つねに異議申立ての対象となるわけではもちろんない。カウンターカルチャーによる攻撃の照準が、あくまでそのなかに潜む文化的覇権や権力支配の諸要素、すなわちドミナントカルチャーヘとむけられていることを忘れてはならない。
P.103