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人類の歴史に対して、距離を取りながら俯瞰する知的な書。 ユヴァル・ノア・ハラリ/サピエンス全史

各界で絶賛されている『サピエンス全史』、
続編の『ホモデウス』が出たので、読んでみた。

我々、人類(ホモ・サピエンス)の歴史をわかりやすく概観する名著。
概観するとともに、とても客観視している。
歴史に対して、距離を置き、俯瞰し、メタ認知するその姿勢自体がとても知的だ。


サピエンス全史 上下合本版 文明の構造と人類の幸福

サピエンス全史 上下合本版 文明の構造と人類の幸福

火と腸と脳

火を使えるようになって調理できるようになった。
調理が可能になったことで消化しやすくなった。
消化しやすくなったから、腸を短くできた。
腸を短くできたから脳を大きくできた。

調理をするようになったおかげで、人類は前よりも多くの種類の食物を食べたり、食事にかける時間を減らしたりでき、小さな歯と短い腸で事足りるようになった。調理が始まったことと、人類の腸が短くなり、脳が大きくなったことの間には直接のつながりがあると考える学者もいる。長い腸と大きな脳は、ともに大量のエネルギーを消費するので、両方を維持するのは難しい。調理によって腸を短くし、そのエネルギー
消費を減らせたので、図らずもネアンデルタール人とサピエンスの前には、脳を巨大化させる道が開けた。
上巻 P.25 -P.26

虚構(フィクション)の発明=認知革命

集団で見る夢、共同幻想、そういったものが集団をドライブさせているということでもある。
その時々で、集団はある種の幻想に囚われている。それが社会に通底する共通の価値観に繋がっている。
例えば王権神授説も主権在民も、その時々の都合に合わせて作られた幻想に過ぎない。
でも、今この共同体の幻想が分裂しだしている時代なんだろうな。
だからこそ人はすがるものが無く不安を感じたりもする。
そうすると揺り戻しが起こって、わかりやすい物語に加担したくなる。
ナショナリズムとか、わかりやすい物語にね。

だが、虚構のおかげで、私たちはたんに物事を想像するだけではなく、集団でそうできるようになった。聖書の天地創造の物語や、オーストラリア先住民の「夢の時代(天地創造の時代)」の神話、近代国家の国民主義の神話のような、共通の神話を私たちは紡ぎだすことができる。そのような神話は、大勢で柔軟に協力するという空前の能力をサピエンスに与える。
上巻 P.40

古代コミューン説

父親が単一の核家族という形態が当たり前ではなかったという指摘。
このような古代コミューン的な仕組みはそれはそれで合理的だが、そうであるならば、
複数の能力(遺伝子)を取り入れるタイプの進化はなんで起きなかったんだろう。
そういう生物っているのかな??さすがにいないのかしら。
複数の精子を取り込んで1つの子供になっていく、みたいなのは現在の生物にはありえないことなんだろうな。
むしろそれが不可能だからこそコミューン的な発想になるのかもしれないが・・・。

子供は単一の男性の精子からではなく、女性の子宮にたまった精子から生まれると信じられている。良い母親はなるべく複数の男性と性交するようにする。妊娠中はなおさらだ。そうすれば、自分の子供は最も腕の良い漁師だけでなく、最も優れた語り部や、最強の戦士、いちばん思いやりのある恋人の素質(と、彼らによる世話)を享受できるからだ。これが馬鹿らしく思えたら、心に留めておいてほしい。近代的な発生学が発展するまでは、赤ん坊がいつも多数ではなく単数の父親によって母親の胎内に宿るという確証はなかったのだ。
上巻 P.61

農業革命は、史上最大の詐欺

この辺のくだりは刺激的。
狩猟民族から農耕民族への変化を基本ポジティブな進化として捉えてきたが、そうではないのだ、と。
小麦に人類は騙されたとする言説は非常に面白い。
小麦の世話をさせられる人類。それによって小麦は繁栄した。
小麦の栽培には手間がかかり見返りも少ないはずなのにそこから何を得たのか。
個としてのリターンが少なくても、種としての人類には意味があったというのがこの人の説明。
単位面積当たりの収穫量が増えることで人類は数を増やせた。
種にとっての最大の成功が数を増やすことなのだ、と。ただ、それは個人の幸福とは別の問題。

種としての人類の表向きの成功が、個体の多大な苦しみと密接につながっていた、という歴史観
面白いよね。

平均的な農耕民は、平均的な狩猟採集民よりも苦労して働いたのに、見返りに得られる食べ物は劣っていた。農業革命は、史上最大の詐欺だったのだ。
では、それは誰の責任だったのか?王のせいでもなければ、聖職者や商人のせいでもない。犯人は、小麦、稲、ジャガイモなどの、一握りの植物種だった。ホモ・サピエンスがそれらを栽培化したのではなく、逆にホモ・サピエンスがそれらに家畜化されたのだ。
上巻 P.109

個人の欲望も想像上の秩序から生み出される

想像上の秩序というのは、共同体に共通する価値観、幻想、夢、虚構、そういったもの。
◯◯がしたい、という個人の欲望もまたそういったシステムの影響を免れない。
そしてそのような秩序から生み出される個人的欲望こそが秩序をより強固にする原因に他ならない。
これは本当によくできた仕組みだよな。
個人が欲望に従い、自由(だと思って)に実現する欲望、それがシステムを再強化するループ。

たとえば、今日の西洋人が一番大切にしている欲望は、何世紀も前からある。ロマン主義国民主義、資本主義、人間至上主義の神話によって形作られている。忠告を与える友人はしばしば、「自らの心に従うように」と言う。だが、心は二重スパイで、大抵その時代の支配的な神話の指図に従う。
上巻 P.148

男女の区分

農業革命以降はほとんど、男性が良い目を見てきた。
上巻 P.184

この男女の区分、ヒエラルキーも社会的、文化的に形成された強固な虚構なんだよね。
この虚構もまた違う形にアップデートされようとしているけれど、
人類がその発想に至ったのはごく最近の話。

夫が妻を強姦しても、罪を犯したことにはならなかった。それどころか、夫が妻を強姦しうるという発想そのものが矛盾していた。夫ならば、妻の性的支配権を掌握していて当然だったからだ。したがって、夫が妻を「強姦した」と言うのは、自分で自分の財布を盗んだと言うのと同じで、筋が通らなかった。そのような考え方は古代の中東だけに限ったものではない。2006年現在で、夫が妻を強姦しても起訴できない国が依然として53カ国もあった。ドイツにおいてさえ、強姦法が修正され、夫婦間の合歓という法律のカテゴリーが設けられたのは、1997年だった。
上巻 P.184 - P.185

純正の文化などない

イタリアンのレストランではトマトスパゲッティが食べられて当然だと思っているけれど、カエサルも、ダンテもそんなもの食べてない。
トマトはメキシコ原産、イタリアの純正な文化、ではない。というか、純正な文化なんてものは今やないに等しい。
ナショナリストの妄信の類なんだろうな。そして正しい知識を持つことは重要よね。

私たちは相変わらず「純正」の文化ということをしきりに口にするが、独自に発展し、外部の影響を免れた古代の地元の伝統からなるものを指して「純正」というのなら、地上には純正な文化は一つとして残っていない。過去数世紀の間に、全ての文化はグローバルな影響の洪水で、ほとんど原形をとどめないほどまで変化してしまったからだ。
上巻 P.210

一神教の恐ろしさ

まぁ、共同幻想、虚構が持つ恐ろしさ。

ちなみに、ヴァザーリフレスコ画はこんな感じ。

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1572年8月23日、善行を重視するフランスのカトリック教徒が、人類への神の愛を強調するフランスのプロテスタントの諸コミュニティを襲った。聖バルトロマイの大虐殺と呼ばれるこの襲撃で、24時間足らずの間に5000〜10000のプロテスタントが殺害された。フランスからこの知らせを受け取ったローマの教皇は、喜びのあまり、お祝いの礼拝を執り行ない、画家のジョルジョ・ヴァザーリに命じて、ヴァチカン宮殿の一室を大虐殺のフレスコ画で飾らせた(この部屋は、現在、観光客は立ち入り禁止になっている)。その24時間に同朋キリスト教徒に殺されたキリスト教徒の数は、多神教ローマ帝国がその全存続期間に殺したキリスト教徒の数を上回った。
下巻 P.18

科学とイデオロギー

同時に、できることは禁じても必ずやる奴が出てくる。
世界が常に1つのイデオロギーに支配されているわけではないから。

科学は自らの優先順位を設定できない。また、自らが発見した物事をどうするかも決められない。例えば、純粋に科学的な視点に立てば、遺伝学の分野で深まる知識をどうすべきかは不明だ。(中略)自由主義の政府や共産主義の政府、ナチスの政府、資本主義の企業は、全く同じ科学的発見を全く異なる目的に使うであろうことは明らかで、その内のどれを選ぶべきかについては、科学的な根拠はない。
つまり、科学研究は宗教やイデオロギーと提携した場合にのみ栄えることができる。
下巻 P.88 - P.89

AIとか脳とか

このプロジェクトの進捗ってどうなんだろうね?
もう13年経過しているはずだけど。

2005年に始まったヒューマン・ブレインプロジェクトは、コンピューター内の電子回路に脳の神経ネットワークを模倣させることで、コンピューターの中に完全な人間の脳を再現することを目指している。このプロジェクトの責任者によれば、適切な資金提供を受けたなら、10年か20年のうちに人間とほとんど同じように話したり振舞ったりできる、人口の脳をコンピューターの中に完成させられるという。
下巻 P.256

サピエンス全史 上下合本版 文明の構造と人類の幸福

サピエンス全史 上下合本版 文明の構造と人類の幸福