これまで、いわゆる実力主義的な業績連動型の
給与体系がいかに困難なものかがわかった。
報酬は動機づけの要因として十分機能するが、
一方で使い方を間違えると意図せぬマイナス効果を及ぼしてしまう。
そこら辺を丁寧に整理していく章。
- 作者: ポール・ミルグロム,ジョン・ロバーツ,奥野正寛,伊藤秀史,今井晴雄,西村理,八木甫
- 出版社/メーカー: NTT出版
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報酬の形態と機能
報酬は組織において多くの役割を持っているが、
最も重要なのは適切かつ効果的な動機づけを与えること。
12章は動機の手段としての報酬という視点で整理する。
世の中には様々な給与形態がある。
固定給か出来高給かという違いもあるし、
ボーナスの考え方も様々だ。
直接的な給与以外の形をとるものもある。
福利厚生や、社員割引制度、企業年金などもある。
経営陣の報酬はもっと多様だ。
社用車などの設備面に加え、ストック・オプションもある。
買収される際にはゴールデン・パラシュートを貰える場合もある。
個々の報酬が、時間とともにどう変化するのか。
組織内及び組織間で給与はどのように異なるのか。
それらを考慮することで問題は一層複雑になる。
そして、これは古典派経済モデルの
需要と供給理論では説明しつくせないものであることは明らかだ。
報酬政策の目的
きちんとデザインされた給与政策、給与形態、そして給与水準は、
従業員を組織に引き寄せ、雇用し続けたいと思うものを維持し、
望ましくないものを排除する。
また、10章で述べたように給与政策は
稼得機会の不確実性に対応していなければならない。
給与は組織が価値ありとするものと
抑えたいと思う行動や態度についてのシグナルとなる必要もある。
さらに、従業員が時間と努力の配分を決定する際の
助けにならなくてはいけないし、信賞必罰を行い、
組織の成功に貢献する動機づけを行う必要もある。
そしてこれらすべてを、効率的に行わなければいけない。
これらの課題はすべてが整合的ではないので、
すべてを解決する普遍的な仕組みは難しいのかもしれないが、
付随する問題を考慮しながら、目的追求のバランスをとることによって
様々な給与体系が成立している。
個人業績のためのインセンティブ
7章のインセンティブ契約の理論を扱った際の問題は、
エージェントに様々な努力を行うよう仕向けることだった。
しかし、現実の報酬システムを考えるときには、
従業員に望むものを「努力」という一言には集約できない。
企業が従業員に望むものと、従業員が何を
もたらしてくれるように動機づけするのかを明確にする必要がある。
効果的な報酬システムは、従業員たちの貢献が多くの次元で生じ、
精神的にも肉体的にも奮闘し、その努力を組織の利益に役立つように
配分するよう動機づけを行う。
出来高給
従業員に生産単位当たりの一定額を支払うシステム。
出来高給は単純で分かりやすい。
より生産的な従業員を金銭によって認め、
能力に応じた業績を上げるよう促す手段になる。
給与と業績を直接結び付けることができるので、
企業の収入を増やすよう努力させるすぐれたインセンティブを提供できる。
より生産的な人材を引き付け、自らの技能を高めることを促し、
複雑な業績評価の必要性を減らしてくれる。
比較的客観的指標に基づくので、不正や政治的工作、えこひいきの影響も受けにくい。
一方、問題点もある。
極めて恵まれた状況においても、出来高報酬の基準は完全に一様ではない。
果実摘みの場合、業績尺度は通常摘み終わった果樹の数だが、
果樹によって厳密には負荷が異なる。
より多くの果実がついていれば少ない果樹よりも手間がかかる。
また、様々な不規則性をもたらす。
たとえば機械が故障したら生産したくても生産できない。
同じく原材料の納入が遅れれば、生産も遅れる。
生産できないと給与がもらえない。
製品の売れ行きが悪いと、生産量を減らさなければいけない。
こういった需要の変動は大きな問題を生み出す。
出来高給の水準を引き下げれば、この仕組みの魅力の大半を失ってしまう。
労働時間を制限したら、所得維持のために作業ペースを早めるかもしれない。
結果過剰に生産されてしまった場合の損失は大きい。
また、移動ライン生産方式では、仕事のペースを
コントロールすることは不可能なので、ほとんど意味がない。
また、産出量に対してだけの報酬だと、他の重要な活動を無視させてしまう。
産出量を増やすために作業ペースを早めた結果、品質が落ちるかもしれないし、
人の手助けもしなくなるかもしれない。
機械の手入れも企業が望むほどにはしなくなるかも。
また、報酬システムの多くが基本給+出来高給の形式をとっている。
インセンティブ強度原理が示すように、
追加努力がもたらす追加利益が大きいほど、
従業員のリスク回避度が小さいほど、
計測される産出量が個人の努力を反映する度合いが大きいほど、
従業員のインセンティブに反応する機会が大きいほど、
出来高給は高くするべきである!
また、重要な手続きとして、通常の条件下で
どのくらい生産できるのか基準値を設ける必要がある。
一般に労働者の関心は、この基準を低く設定させることにある。
(これもラチェット効果の例。)
そして、新しい機械や生産方法の変更などのたびに、出来高の基準と賃率の改定が必要。
販売手数料・歩合
明示的定式に基づくインセンティブ報酬、すなわち販売手数料や歩合制は、
販売員への報酬として広範に用いられている。
大きな売り上げは直ちに賃金を増加させるので、
販売員が一層の努力を仕事につぎ込む動機づけになる。
問題点は出来高給と同じで、不確定要因によって給与が変化すること。
そして、歩合幅の調整など新たなシステムが、
期待総所得を大幅に高めるもので無い限り、報酬制度の変化には反対される。
外回りの販売員に関しては監視が困難なので、歩合制が一般的。
歩合が有用な場合でも、出来高給と同じ課題が発生する。
つまり、販売することだけに注力する可能性だ。
直接報酬と結びついていないために、
アフター・サービスや情報収集を怠るかもしれない。
技能給
現場での直接の業績ではなく、技能の取得や工場への投資に褒賞を与える制度。
報酬はその人の仕事ではなく、取得している技能や熟練度に基づく。
従業員の持つ私的情報の導出
従業員は上位者が入手できない情報を持っていることが多い。
こうした情報を適宜引き出していくことが有用であるが、
システムが適切に設計されていないと、
従業員たちがそうした情報の開示を控えてしまったり、
事実に反する報告を行ったりするインセンティブを持つようになる。
従業員の私的情報を利用する手段として解釈できるものとして、
通常2つの仕組みが考えられる。
1つは多様な賃金決定方式を含んだ契約メニューを用意し、
従業員に選ばせること。もう1つが目標管理。
業績評価
インセンティブ制度の中心をなすのが業績評価のシステム。
業績に基づいた報酬を与えようとすればするほど、正確な測定が重要になる。
7章のモニタリング強度原理は、そうした主張の定式化にあたる。
給与を明示的な公式に基づいて与える場合、
最も重要なのは、正しい指標が用いられるかどうか。
会計上の利益を指標にすると、会計処理上の操作につながってしまう。
また、直ちに会計上の利益にならないかもしれないが、
価値のある投資を避けてしまうかもしれない。
もう1つの問題は、個人の業績を絶対値で評価するか、
相対値で評価するかという問題。
相対値評価が正しく行われると、本人にコントロールできない
外部要因による業績変動を部分的に処理することができる。
しかし比較業績評価は、グループによって評価が操作される可能性がある。
特に相対評価の場合、全員で怠ければ比較上悪い人はいなくなる。
また、、従業員が互いに助け合うインセンティブを損ねてしまう問題もある。
こうした2つの理由から、比較業績評価やトーナメントは、
互いに隔離されていて、助け合う必要のない
個人やグループに対して適用されやすい。
主観的システムにおける業績評価
11章で見たように、管理者は主観的な業績評価を
困難で不愉快な作業だと思っている。
多くの従業員は主観的な業績評価が適切でも有用でもないと考えており、
管理者が公平で正確な評価を行っているとは信じていない。
さらに主観的、曖昧な根拠の評価は、
管理者の判断を誘導しようという気を従業員に起こさせる。
また、ある実験によれば管理者による実際の査定は、極端に偏る傾向にある。
A社では94.5%が上位の2つの評点を与えられていた。
B社では98.8%を占め、下位2つの評点対象者は0だった。
結局、期待された評価よりもずっと差がつかない方法で
評価が行われたということ。
業績評価が主観的に行われているシステムでは、
金銭的インセンティブは昇進という形で提供される。
11章で述べたように昇進はかなり大雑把なインセンティブ装置で、
一つの仕事での優れた業績が、必ずしも
昇進後の立場に適任かどうかはわからない。
それでも、管理者の業績評価が高めに偏り機能しない問題や、
従業員のインフルエンス活動に対処する利点を持っている。
従業員の評価の頻度は、仕事によってかなりの違いが生じる。
ただ、業績評価は情報を集め、伝達することが必要なので、
時間も資源もかかり、高くつく。
よって、特定の目的がなければ業績評価は避けるべきだ。
だが、審査を行うことには別の価値がある。
進捗を把握し、指示することで、
従業員はより望ましい方向へ行動を変えることができる。
審査の頻度は審査に係る固定的な費用と、便益のバランスに応じて決めるべき。
仕事のデザインとインセンティブ報酬
仕事割り当て原則は、責任一元化の原則として知られている。
いくつかの個別の仕事のコーディネーションに際し、
個々の業績評価が困難な場合、関連する仕事の責任を
1人の個人に負わせることが最善とされる。
個々の業績評価の困難さが異なる職務は、
業績評価の困難さが同程度のものとまとめてしまうことが好ましい。
適切に職務をまとめることで、各種の仕事に対する
インセンティブの適切な水準を定めることができるようになる。
また、仕事をデザインするうえでの重要な問題は、
仕事と個人的関心事とに自分の作業時間を割り振る自由裁量を、
どの程度まで認めるべきかという問題。
組織の中でよく見られるパターンとしては、
より責任ある地位に就くほど、裁量余地は大きくなる傾向にある。
このパターンは均等報酬原理の変形によって説明できる。
外部活動が許される場合、それに費やす時間が
仕事に費やされる時間と同じインパクトを厚生に対して持つまで、
外部活動を追及すると考えられる。
実際仕事に使う時間と給与に全く関係がないならば、
すべての時間を別のことに費やそうとするだろう。
しかし、仕事から逸れることに機会費用が生じるなら、
そのような外部活動は、その時間に稼げたであろう価値を
十分相殺するほど重要な場合に限られる。
従業員グループへのインセンティブ報酬
ほとんどの理論は、個人への動機づけを行う理由から、
個人インセンティブを強調している。
が、もっとも普通に行われている明示的インセンティブ契約は、
従業員グループに対して適用されている。
個人の給与をグループの業績と結びつける方法には色々あり、
たとえば日本のボーナスのように、暗黙の体系が用いられる場合もある。
この場合ボーナスは、会社全体の業績に関係しているように見えて、
実は明示的な関係はなく、取締役会で決定される。
プロフィット・シェアリングとゲイン・シェアリング
アメリカにおける明示的グループ・インセンティブの最もよく見られる形態。
従業員がもらうボーナスは利潤とともに変化するが、個人の業績とは関係がない。
また、ボーナスの一部は後払いとされ、退職金に繰り入れられる。
この制度の極端な例が、従業員が会社の全株式、
あるいは少なくとも相当の株を所有するもの。
一方ゲイン・シェアリングというのは、
グループが前もって定められた目標を上回ると、
その程度に応じてグループの全員がボーナスをもらう制度。
グループ・インセンティブの効果
第1に、個人の貢献度が測定できない場合に有用。
第2に、従業員に互いを監視し、努力や適切な行動を促す動機を与える。
第3に、個々の従業員が雇用主の命令に抵抗する可能性を、
グループ・インセンティブを用いることで克服できる。
第4に、グループ内での助け合いを助長する。
第5に、権限を与えるなら、インセンティブに対する反応度は個人をはるかに上回る。
グループの規模は比較的小さいほうがそれぞれの利点を効果的なものにする。
が、小さくなればなるだけ、正確に業績を把握するコストが生じる。
また、ボーナスをもらえるグループともらえないグループが生じることで、
インフルエンス活動を招いてしまう。
給与の公平性
どんな給制度でも、公平感の有無は重要な問題になる。
人はフェアな扱いそのものを評価するので、
不公平と感じられる給与制度は機能しなくなると言われる。
しかし、いかなる状況においても公平性が意味するところは微妙。
他と比べて自分はどうか、と比較した際に、不当に扱われたと感じれば、
自分たちはより悪い状況にあると思うものであることを意味する。
人々がそれぞれの給与を比較する場合、適切なインセンティブ報酬であっても、
妬みを起こさせる比較につながることは避けられない。
インセンティブ報酬を採用する場合の制約として、
差が生じることで、いままでの給与が均等に近い場合ほど
満足しないかもしれない。
さらに、人々が自己評価を過大に評価する傾向があるならば、
不公正や不当な処遇といった感情が強調されるだろう。
- 作者: ポール・ミルグロム,ジョン・ロバーツ,奥野正寛,伊藤秀史,今井晴雄,西村理,八木甫
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